日記

女子大生が暇つぶしにはじめるブログ

こぼれ落ちたものを拾って

今週のお題「わたしのコレクション」

 

小さな頃、宝物を入れるための箱を手に入れた。それはなんでもないようなお菓子の空き箱だったが、私にとっては宝箱だった。薄ピンクで、全体に立体的な植物があしらわれている長方形の箱で、どこのお菓子の銘柄かも分からないような。中に何が入っていたかも覚えていないが、当時のわたしにとってはかわいくて魅力的に映った。あまり大きくはないので、新しく宝物が増える度に、中にあるものを一つ一つチェックして、1番必要ないものをダンボールに移して、常に最新の宝物が中にあるようにセットしていた。

 

中に入っているのは、幼稚園卒業の時に配られた園歌が流れるオルゴールと、道端で拾ったキーホルダー、七五三の時に撮った家族写真と、どっかの家の庭から盗んだ丸い石、ラッピングに使うようなリボン、使えなかった兎のシール、親から譲ってもらった宝石の付いているブローチ。

 

そんなものだ。他にもきっとあるだろうが、思い出せない。

 

 

大切な友達に貰った手紙を入れていたかもしれない。入れていなかったかもしれない。

 

ただ、昔はそこにあったものを今よりも大切にしていた気がする。今では、成長して、道端に落ちているものなんて拾わなくなったし、卒業式で貰った時計は電池が切れたまま部屋の隅に放置している。友達から貰った第二ボタンは棚の上で埃を被って輝きを失ってしまったし、シールなんて買いもしない。プレゼントを貰っても、装飾はすてるようになった。

こんな他人から見れば、今の私から見れば、ゴミのようなものでも、昔は大切に出来ていた。

大切にしまって、こぼれないようにしていた。

 

 

 

わたしは何かを大切にしたい。記憶は、するするとこぼれ落ちるように、流れてゆく。その一瞬一瞬を確かにそこにあったものにする為には、流し見して終わりにするようじゃ足りないのだ。きちんと拾って、宝箱の中に入れておかなくてはならない。

 

 

失恋と思い出の供養

 

 

ごく稀に、自分が爆発してしまいそうな日が来る。ごく稀にどころでは無いかもしれなかった。一週間に一度くらい。それは友達と遊んだ帰り道で夕焼けを見た瞬間かもしれないし、行きたくないバイトに行くために電車に揺られている時かもしれない、はたまた夜寝る前ベッドの上で何も考えずに天井を見つめている瞬間かもしれない。なんだかよく言い表せないが一人でいて少し悲しい時に自分がわからなくなってしまう。私は誰で、今ここにいるのは誰なんだろう。自分だと信じて20年間生きてきたけど、本当に実在するのだろうかとも思う。

周りの人間は、彼が彼であることに何の疑問も抱かずに過ごしているように見える。彼女もそのように見える。自分というアイデンティティを確立して、私らしさの表現に勤しんでいる。

 

この前といっても9月の終わり、友達とドライブに行った。面子は、本当に謎で、ゼミの友達3人と、その中の1人の高校の友達2人とだった。実質初対面の人が2人いるようなドライブで、何を話そうと悩んだ結果「今日は雨が降ってますね」というコミュ障のテンプレのような言葉を発してしまった。本当に、天気が悪かった。風が強くて、待ち合わせに着くまでに傘を壊してしまったくらい。見ればわかるような当たり前のことを言う私に彼も困ったように「そうですね」と言って、会話は終了した。そして、それが彼とのファーストコンタクトだった。

 

この彼というのは何度も登場している彼を指している。彼というのももうおかしな話だから、元彼というのが相応しいのかもしれない。でも元彼とかいう陳腐な言葉を使いたい訳ではなくて、「過去好きだった人」というニュアンスを伝えたい。別れてから、今更になって、馴れ初めを思い出すなんて自傷行為のひとつでしかないと思う。幸せな日々の始まりを、終わったあとにおもい返すことほど、阿呆らしいことは無いのかもしれない。でも、ちゃんと思い返すことは気持ちの整理に繋がるだろう。ちゃんと思い出せるようになったということは、少しずつ前に向けているということの証明でもあるように思う。だから、前を向くことの過程に少しだけ、付き合ってもらいたい。

 

その旅の目的地は勝浦で、海中展望塔に行くというプランだった。海中展望塔は簡単に言えば長い階段をおりて、海の中に行ける塔のことで、その1番下のフロアには海の中を覗ける窓がついている。階段をおりていく途中、「この先海中」と書かれた表示にわくわくした。海の中にいるんだから、塔が崩れたら死んでしまうねと話した。窓からは鯛やら河豚やら様々な魚が見えるらしい。パンフレットによれば全長1.5メートル位のドチザメという魚もいるそうだったが、見つけることは出来なかった。そもそも天気が悪すぎて海が濁っていたから、いたとしても気づけなかった。結局、海中展望塔には総計15分もいなかった。直径10メートルほどの小さな筒の中で、見る魚もいない中、私たちはなにもやることが無かったのだ。話すことすらなかった。意味もなく、窓の外を眺めてみたけど、魚は全然いなかった。濁った灰色の中でゴミがぷかぷかと浮かんでいた。メンバーに写真好きな奴が1人いて、そいつだけが滅多に来れない場所の写真だから、とはしゃいでいた。海の底で、私は何を話したらいいか分からずに、立ち尽くしていた。

 

海中展望塔に行って、帰りは彼の家でお酒を飲んだ。そこもまた暗い家で、生活感がなかったことを覚えている。ベッドとサイドテーブルが置かれ、間接照明に照らされたラブホテルのような部屋で、電気を消して、皆で酔っ払った。恋愛の話をした。大学生でよくある、経験人数の多い少ないだの、今まで付き合ってきた異性の話。人より少しモテてきたであろう彼の人生を、少し誇らしげに話す彼の話を、くだらねーなと思いながら聞いていた。本当にくだらなかった。自慢したかったんだろうな。そして私も、自分のくだらない恋愛の話をしょうもないなと思いながら、どうにか面白く聞こえるように、話した。今まで付き合ってきた男性の話や、好きだけど報われなかった話。自分の不幸と過去の男性の話。たのしくなかったと言えば嘘になるけれど、別にめちゃくちゃ楽しいわけではなかった。あの時間さえ無ければ、こんな思いをすることも無かったんだろう。

度数の強いアルコールを飲むと、理性が吹っ飛ぶ。そうして、キスをして、付き合った。

本当にくだらない始まりだった。

 

端折りに端折った経緯を久しぶりに思い出した。

 

そう。それで自分が自分じゃなくなるという感覚を思い出した。付き合っていたときは、アイデンティティが確立されていたように思う。「彼の彼女」という確固としたものが自分の中にいた。自分のことも、彼のことも、間違いなく好きだった。多分、当時は。

何もしない日は、一日中彼のことを考えていた。今思うと、異常なくらいだった。ラインの返信を気にして、今度会う時のことを考えて、遊んだ時の写真を何度も何度も見返していた。何度も何度も反芻して、その度に記憶を確かなものにして、確実な現実とじぶんを安心させていた。自分というものは無くて、ただ彼の彼女というわたしがいただけだった。そのことに疑問も持たず、それなりに幸せだったので、いつまでもその生活が続いていくことを望んでいた。

 

別れたあとは、その時間が無くなった。無くなったというより、無くした。思い出して感傷に浸っても、元に戻りたいと思ってしまうだけなので意識的に振り返らないようにしていた。わざとバイトを長時間入れた。友達と会うようにした。就活の忙しさに甘えて、傷を見ないふりをした。そうして、1月を過ごすうちに、どうしてこうなってしまったのかを考え続けても答えなんて出ないことが分かった。人の気持ちなんてものは、他人にはコントロールできない。その行動が、答えの全てだって。

 

考えても状況が変わるわけでもないので意識的に考えないようにしていると、無意識でも考えることが少なくなった。思考の矯正。彼を思い出すものを見ても、ああ懐かしいなと思うだけになった。話で聞いたことのある彼の地元に向かう電車とか、よく行った安くて美味しい焼き鳥のある大衆居酒屋とか。以前のようにそれを見ては昔を思い出して、苦しくなったりどうしてこうなってしまったんだろうと悲しみに浸ったりはしなくなった。何もしていない時でも、以前は気づけば彼のことを考えていたけれど、自然と違うことを考えることができるようになった。携帯の中の彼とのデータも全て消した。写真も動画もゴミ箱からも完全に消去して、SNSはブロック削除して、トーク履歴も消した。私と彼を思い出すものはもう何も無くなった。今となってはあの時間が本当にあったのかどうかすら分からない。

そうなるとまた、自分が誰なのか分からなくなった。ここにいることすら確かなのか分からなくなって、どうしようもなく証明が欲しくなってしまう。

 

2月の初旬、下北沢で石田と会った。高校の同級生で、気の使わせない気の遣い方をしてくれる友人。下北沢らしいカレーを食べた。見た目が家では出てこないような、芸術的なアレ。カレーを食べていたら、映画の撮影をしていた千葉雄大を見かけた。有名人の実物というものを初めてみて、キャッキャしてみた。やっぱりオーラってあるんだね〜とか、でも初見だと分からなかった〜とか一般人らしい感想を述べた。その日は2月にしてはいつも以上に寒く、凍えそうになった。下北沢らしい古着屋とカフェが並ぶ街並みを見ながら、暖を取るためにあえてマクドナルドに入った。オシャレなカフェじゃないのは、あえてだ。チェコレートの懸かったワッフルコーンのソフトクリームはおしゃれなカフェと同じ味がした。多分おなじ。そして、毎度の流れで近況報告をした。石田は、最近は勉強に勤しんでいると言っていた。試験勉強なんてもう3年していなかったので、素直に尊敬の念を抱いた。最近楽しいことあった?と聞かれたので、「世界に絶望している」と、答えた。それから、1月にこっぴどく振られたことを話した。彼女は「そんな酷い人いるんだ?!」と驚きながら、笑って聞いてくれた。ありがたかった。笑ってくれたからこそ、自分がそれを笑い話に出来ていることを実感した。そしてまだ私が彼のことを忘れられていないと言うと、好きだった人を嫌いになるのは難しいことで、時間がかかることだからしょうがないよ、と言ってくれた。肯定してくれたことで安心した。早く彼れを忘れなきゃ、あんなゴミ早く捨てなきゃと焦っていたけれど、まだしばらくは嫌いになれなくても仕方がないんだと思えるようになった。

 

 

 

 

 

サイゼリヤのハヤシライス

今週のお題「復活してほしいもの」

 

 

どうやらツイッター界隈では、今サイゼリヤが燃えているらしい。なんでも「サイゼリヤデートで喜ぶ彼女」を持ち上げる男性と「デートでサイゼリヤに連れていく彼氏」を敬遠する女性のバトルらしい。が、詳しいことは知らない。私の持論としてはサイゼだろうが、高級料亭だろうが、トリキだろうが好きな人といけばそこはどこだって楽しいわけで、別に何処で何を食べようと関係ないと思っている。大切なのは誰と食べるか、だ。サイゼリヤデートもしたことあるけど、その彼氏のことを大好きだったので(過去ブログ参照)めちゃくちゃ楽しかった。間違い探しが難しすぎて結局ネットでカンニングして、相手に呆れられて。サラダを大皿で頼んで半分に分けたりして。ペーパーナプキンにお互いの似顔絵を書いて、「似てないね」って言って笑ったりした。そんな過去の話はまあ置いておいて。まあでも、毎回サイゼに連れていかれたらげんなりするだろうな。あと別に好きじゃなかったら、サイゼかよって思っちゃう。友達とかならいいのよ別に。喋るだけだしね。ただ、これからいい感じになりそうな感じで、告白はしてないけど両片思いみたいな状態で、今日が勝負!みたいなときにサイゼディナーされたら「うわ〜〜〜〜〜まじか〜〜〜〜」って思っちゃいそう。

 

 

昨日、友達とサイゼリヤに行った。四ツ谷にある縁切り神社に行った帰り、お腹が空いて、ちょうどいい所にサイゼがあって、じゃあサイゼいくかってなった。そこのサイゼはなんだか変わっていて、窓際の席がカウンター席になっていたり、壁紙がスポンジボブみたいな質感だったりした。菅首相イカルドに似てるよね、という話をしたらめちゃくちゃ共感してくれた。久しぶりのサイゼは、メニューが変わっていた。ハヤシライスが無くなっていた。ピラフも無くなっていた。海老のリゾットも無くなっていた。ハヤシライスが好きだったので、また復活して欲しい。代わりに、なんだかよく分からないサイゼにしては高級なビーフシチューや、鬼滅のパクリみたいな名前の卵が登場していた。仲の良かった友達が上京して変わってしまった、みたいな一抹の寂しさを覚えた。ただサイゼ特有の小難しい間違いさがしは相変わらず難しかったので、結局また、インターネットに頼ってしまった。

 

その友達は高校の頃、同じ部活に入っていた友達だった。卒業してからも交流のある、数少ない友人の1人で、3ヶ月に1回程度遊んでいる。彼女のフラットな考え方がとても好きで、このまま変わって欲しくないなと思う。フラットではあるけど、冷淡なわけではなくて。適度な距離を持って接してくれるのでとても楽だ。彼女といると私はわざと高校生みたいな馬鹿な行動をとってしまう。彼女もわざとかは分からないけど大袈裟に笑ってくれるから、ついつい調子に乗って変なことを言ってしまったりもする。別に普段からこんなことは言ったりしてないけれど、一緒にいる時は高校の頃に戻った時みたいに振る舞いたいのだ。帰りは四ツ谷から飯田橋まで散歩をしながら帰ったのだが、たのしかった。街灯に照らされて伸びた影が地面に映っていた。彼女と歩きながら、同じ部活だった時のはなしをした。また合宿に行きたいねなんて話した。みんなで、寒い中で星を見たい。ついでに恋の話もした。結局バレンタイン渡す相手もいなかったね。世間はチョコレート一色に染まって、カステラ屋までバレンタインフェアなんかやってたりして、世の中全体に煽られてると不満を言ったりした。恋人が欲しいなと4年前と全く変わらない話をした後、イタリアに行ってしまった同級生を思い出して、イタリア人の男性を紹介してもらおうという結論に落ち着いた。

 

物欲皆無

今週のお題「自分に贈りたいもの」

 

もうすぐバレンタインデーということで出てきたこのお題、一切本当に縁のない話題ですわ。本命チョコとかいうのあげる相手もいねえから、久しぶりに友達にチョコあげたいななんて思ったり。誰か私に黒くて甘い物体を恵んでくださいなんて思ったり。

ということで自分に送りたいものは何か考えてみた。最近物欲が無くなって、欲しいものがなくなった。強いていえば現金が欲しいくらい。

 

恋人がいた時は、彼と会うからお洒落をしようと思って新しい服を買ったりアクセサリーを新調したりしていた。そういう健気な部分もあったりしたんだけど、今じゃ服を買ってもそんなに頻繁に会う人もいないし別にアクセサリーも毎日同じの付けてもいいかなーって思うようになった。そんなにものが増えてもなあと思う。ただでさえ家が狭いのにもっと狭くなってしまう。手持ちのもので満足しているから別に新しいものを欲しくはならないかな。

 

強いていえば、美味しいものを食べたいかも。最近、食べ物を食べてる時が1番幸せなように感じる。お腹が空いたときの、1口目。あれに勝る幸福はないと思う。お寿司とか食べたいな。回らなくていいし、安くていいし。大トロ食べたいな。

 

最近食に対してしか幸せじゃないなってなんとなく気づいた。炊きたての白米の1口目とか、お腹すいてしょうがないときのカレーの香りとかビールと唐揚げの組み合わせとか。そういうものを思い浮かべるとなんか幸せになる。

 

人間には三大欲求というものがあって、食欲と睡眠欲は当たり前にあるんだけど、性欲がほぼほぼ無くなった。こんなはなし、ここでするものじゃないかもしれないけど。一時期本当にめっちゃ悩んで、Googleで「性欲 なくなった」「濡れない」とかで調べまくってた。花の女子大生なのに、こんなに枯れててどうするんだ。という焦りがすごかった。食欲だけが独り歩きしてて、性欲置いてけぼりみたいなかんじ。

 

だからもう私には食しかないんだって思ってる。毎日家に帰って白米におかずを乗せて食べている時が1番楽しい。それから甘いものを食べて、おなかいっぱいになるまで食べて、眠くなりたい。それでそのまま寝ちゃいたい。

2021年、鬼に殴られたような1年

今週のお題「鬼」

 

思い返せば、2021年は鬼に殴られてたのではないだろうかと思うくらいついてなかった。そして2022年の始まりも最悪だった。特に男関係。ではその恋愛遍歴~2021ver.~を回想していこう。

 

 

2021年は、年明けから告白されて付き合ったはいいが相手のことを友達以上に好きになれずに恋愛とは何かを延々と考え続けたり、三又されてそれを問い詰めたら音信不通になったり、好きになったのに結局セフレとしか見てもらえなかったり、浮気しちゃったと告白されそれでもいいからやり直そうと伝えたら完膚なきまでに拒絶され結局振られたり、最悪だった。ちなみに、全て違う人とである。特に最後のに関しては、気持ちのけじめがつくまでに時間がかかり2022年の1月上旬までもつれ込んだ。文面にして書くと迫力があるが、別にそんなに大したことはしていない。ただなんでこんなにも運がわるいのだろうと嘆くだけだ。いや、人を見る目がないのか。

 

 

 

 

この4回の恋愛の中では最初の人が1番まともな人だった。少なくとも、彼はちゃんとわたしに向き合ってくれた。彼とは大学の授業が同じことがきっかけで、仲良くなった。仲良くなり、自然に付き合った。だが、友達の状態が長かったからなのか、どうしても彼のことを恋人としてみることができなかった。だから、別れ話を切り出した。彼は、わたしが結局友達に戻りたくて「別れたい」と伝えた時、泣いてくれた。赤を基調としたファミリーレストランで別れ話をした時の空気の重さと、まさか泣かれると思っていなかったからまじかと思った感情を覚えている。その時はちょっと引いたが、それほどまでに自分のことを思ってくれていた、と今になって思う。でも恋人でいることは私の気持ちが、できなかった。その彼とは友人に戻り、現在では付き合っていたとき以上に仲が良い。

 

 

 

 

2人目の人は相手をよく知らなかったことが敗因だと思う。旅先で出会い、住みが近かったことから仲良くなり、連絡先を交換した。初めは私と彼と、私の友達と彼の友達との四人グループで仲良くしていて、次第に私と彼が個別で会うようになって、自然な流れで付き合った。だが、結果論だが、言ってしまえばナンパで付き合うような男にろくな男はいないように思う。私は彼のことを何も知らなかった。名前と顔と車のナンバーと好きな食べ物くらい。彼は虚言癖だったのでよくしょうもない嘘をついていた、らしい。(彼の友達が後日語ってくれた。)そして承認欲求が強いため、関心を自分に向けるために虚言を吐き、周りの人間が常に自分に興味を持つようにしたがっていた。女性関係にしても同じで、多分ほんとうに人を好きになったことはなく、ただ異性から好かれている自分が好きだっただけのように思う。わたしもその駒の中のひとつになっていた。そして顔は良いからいくらでも相手はいて、その駒がひとつなくなったところで痛くも痒くもない。だから浮気を問い詰められて、めんどくさくなったから切り捨てたのだろうと思う。

 

 

 

 

3人目の人はマッチングアプリで出会った人だった。2人目に振られ、傷心のさなか、少しでも傷を癒そうと初夏にアプリを始めた。だが、全然「これだ!!」と思えるような人がいなくて、もう次の人と会ってむりだったらアプリは退会しようと思っていた時に出会った人だった。もうこれで終わったら今年の恋愛は諦めようとヤケになっていた私は、酔っ払って、初めて会った時に、関係を持ってしまった。そこから2回目、3回目とデートを重ねて、毎回最後にはホテルにいくと流れが出来上がってしまった。明らかに体目的で間違いないのだが、当時の私は「好きな人とじゃないとそういうことはしてはいけない→私はこの人のことを好きだからそういうことをしたんだ」という理論を勝手につくっていたんだと思う。彼のことを好きになってしまった。彼も私のことを可愛い可愛いと言って、恋人同士かのような甘い言葉をくれていたから、てっきりこれはもう好き同士なのだと信じてしまっていたのだ。そして、何度目かのデートのとき、ちゃんと告白をした。「好きです」と。そしたら「俺も私ちゃんのこと、いいなと思ってるよ」と返ってきた。今考えればわかる。これは好きな相手に対してする返事ではない。大体いいなと思ってるってなんだよ。こっちは好きだってちゃんと言ったじゃないか。お前、それは(都合が)いいなと思ってるだけだろ。と心の底から叫びたい。そして、その日私は彼を試した。いつものように23時頃、ホテルに向かおうとする彼を明日バイトが早いからと断って、終電で帰った。普通のカップルなら、別に何もおかしいことはない。ただ、私の場合はその日から連絡が途絶えた。結局体目的じゃねーかと今なら笑い飛ばせるが、その時の私は何故か彼のことを好きだったので、本当に辛かった。それから1ヶ月くらい後、何事もなかったかのように連絡が来たが、未だに返せていない。

 

 

 

 

最新の人は、3人目の人との別れ(?)で落ち込んでいた私を慰めるために友達が企画した合コンで出会った人だった。合コンというよりはもっと軽いノリで、友達を増やそうくらいのテンションで開催された。昼間は車で海に行き、夜は一人暮らしをしていた彼の家でお酒を飲むというプランだった。その夜の飲み会で、みんな酔っ払い、そのノリで彼とキスをしてしまった。彼は幹事であるAの高校の同級生で、聞くには皆からの評判も高く、友達の友達なら安心できると思い、お付き合いに発展することになった。言い方としてはわるいが、キスをしたから責任を取って付き合うみたいな流れだったように思う。これは後に伏線回収になるのだが、実はこの時彼には彼女がいた。彼いわく、彼女が重くなってもう別れたいが相手が納得してくれていなかった、らしい。だから実質もう彼女はいないみたいなものだと言っていた。この彼女側の状況が後の私になることをその時に知っていれば、コイツとは付き合わなかった。だが、その時はそんなこと知らなかったし、まあ付き合うことになったわけだ。付き合っているときの彼は優しかったし頼りがいもあった。好きもちゃんと伝えてくれて、この人はちゃんと私を愛してくれるんだ、この人以外と付き合いたくない!!と思ってしまうような理想の彼氏だった。本当にこんなに幸せでいいのかと思ってしまうくらいには理想だった。そして私は彼のことをとても好きになった。彼も私のことをちゃんと好きでいてくれているように見えた。だが、終わりは呆気なかった。年末、遊びに行く約束をしていたのだが、連絡が取れなくなった。当日になっても連絡がとれなかったので、心配で、家に行った。合鍵を使って入ろうとしたらドアチェーンがかけられていて、中にいるはずなのに、呼び鈴を押しても電話をかけても応答がなかった。そして連絡が取れない状態が続き、後日、浮気をしてしまったことを告げられた。私はそれでも彼が好きで、許すからやり直そうと伝えたが、無言の拒絶だった。会って話そうと言ってもせめて電話でもと言っても、全て拒否。多分、浮気相手の女の子と付き合うことになったんだろう。私たちの始まりを考えれば想像にかたくない。きっと相手の子には「彼女(私)がなかなか別れてくれない」って言っているんだろうなと思う。少しかなしい。でも、私は彼に対して「好きな気持ち」を余すことなく伝えたし、最後まで言いたいことは(一方的にだけど)伝えきった思う。それでここまで愛を伝えても、もうダメなら、彼の気持ちが帰ってくることは無いだろうと別れた。言葉で振ったのは私だけど、事実上振られたようなものだ。これが1月初旬のはなし。

正直、未練が全くないといえば嘘になる。彼は、ちゃんと好きだと言ってくれた最初の人だ。今思えば嘘かもしれないけど、本当に大切にしてくれたように思う。それがとても嬉しかった。だから、私は彼とずっと一緒にいたかったし、彼もそうであって欲しかった。将来を一緒に過ごしたかった。

だけど、別れて1ヶ月が経ち、見えてきたものもある。それは私は彼に固執していたということだ。彼以上の人はいない、こんな私を好きになってくれる人は彼以外にいない、そして私も彼以外を愛すことができないと思っていた。でもそんなことは、ない。世界は広く、たくさんの人がいる。今はまだ想像できないけど、彼と同じくらい好きになれる人もきっといる。だからとりあえず今は、ここまで彼のことを好きになれた自分のことを褒めてあげようと思う。いつか、彼のいない季節も選んでよかったと思えるように。

 

 

 

 

改めて振り返ってみると、中々恋多き1年を過ごしていた。鬼に殴られたかのようにボロボロに傷ついたりしたけど、それなりに楽しかったこともあったし、これもこれで成長できたからよかったのかななんて都合よく考えてみたりした。2022年も素敵な1年になりますように、と願って本日のブログを締めます。

 

 

 

人生をサボる

今週のお題「サボる」

お久しぶりです。最近は怠惰な毎日を送っております。大学の課題が一段落して、やることも無くなった今、やることもないから何もしていない。今までの人生においてもこんなに何もしていなかったことはなかったきがする。でも何にもしてなくても暇で暇でしょうがなくて、考えなくてもいいことばかり考えて鬱になるのでバイトを入れた。

大体朝11時からバイトが始まり、17時くらいまで働く。カラオケなので主に業務内容は受付と飲み物を運ぶことと部屋の清掃くらい。前髪が長く、声も小さいので典型的なやる気のない店員として働いている。カラオケによくいる感じの。いらっしゃいませを「しゃっせー」と言うコンビニ店員の兄弟みたいな。うちのカラオケもドリンクバーを設置してお客に取りに行かせれば良いとも思うが、そうなると店員の仕事がなくなってまた暇になるので案外配膳業務も悪くないかもしれない。また飲み物を持ってボックスに入るのも結構好きだ。集団で来ている男子高校生がレペゼン地球を歌っているのを見られてちょっと恥ずかしそうにしているのも、カップルで来ていちゃついていた男女が慌てて距離を取るのも、女友達同士で来てうたプリの歌を熱唱しているのも、何だか楽しい。

楽しいっちゃ楽しいがあんまり長く働きすぎると足が限界を迎えるので、勤務時間は6時間以内にしている。それから「暑い暑い」と言いながら自転車を漕いで、家に帰る。途中蝉の声がうるさくて文句を言う。家に帰ると基本的には誰もいないので、1人で朝ごはんの残りを食べながらテレビを見る。母親がいるときはお昼ご飯を作ってもらう。そうすると大体眠くなるので、寝る。身体が赤ん坊のときから進歩していないので、満腹になったら眠くなるし、眠気を我慢できない。そのまま1.2時間お昼寝をして、今度は晩御飯を食べる。こうやって書いてみると食べてばっかりだな、自分。

 最近は食べることしか楽しいことがない。衣食住の人間を構成する最低要素しか楽しみがないとかいうのは相当悲しいことのような気もする。でも食べてる時は幸せだから、オールオッケーです。最近食べた美味しかったものは、バイト終わりに食べた築地銀だこ。バイトで何故かその日はめちゃくちゃ忙しくて、頭が回らなかった挙句にミスをやらかした。ミスはしたけど、全体的には頑張ったので自分へのご褒美で近所のショッピングモールに立ち寄って、買った。鰹節と青海苔が熱で踊っていた。揚げているから外がかりかりで中は柔らかかった。銀だこを食べたら大体口の中を火傷する。それもまたをかし。

 

日々の生活をだらだらと送りすぎたせいで、中身のある文章が書けなくなった。今が1番人生をサボっていると思う。やらなきゃいけないこともないし、ただなんとなくぼけーっと生きているだけ。

スイカバーとか。海辺で食べる夏が良かったっていう失恋の話

今週のお題「好きなアイス」

 

イカバーを海辺で、「好きな人と一緒に」食べる夏を送りたかった。もう無理そうです。できるかもしれない彼氏との夏を夢想し、スケジュールを彼氏と遊ぶ時間を考慮した上で組んだはいいけど、結局彼氏ができなかったので全て暇な日になりました。

好きな人はいた。ここ2ヶ月くらい頻繁に会っていて、会えばそーゆーこともして、このまま順調にいけば付き合うのかな?!とかいう甘い期待をしたりもした。酔いに任せたノリと勢いで告白をしてみたりもしたけど、流された。最後に会って、終電で帰ってから返事が帰ってこない。やっぱりそういう関係だったんだね〜〜!!!そういう風にしか見られてなかったんだね〜〜!!!涙涙なみだなみだ。その人のことを割とちゃんと好きで、私としてはちゃんと付き合いたくて、付き合う前準備で他の異性関係にけじめつけるくらいには好きだったので、連絡が帰ってこなくなった日(ブロックもされてた)から1週間くらいは食欲が失せ寝ても悪夢にうなされ変に涙が出てきて、困ってしまう。やっぱり体の関係から始まる恋って続かねーな!!可愛い、一緒に居たいって言ってくれたじゃんか!!箱根行こうねって言ってたじゃん!!計画を立てさせてもくれないのかよ!!ばーか!!!でも思い返してみれば好きとか1回も言われてないなと気づいて、腑に落ちた。彼は私のこと好きでもなんでもない都合のいい関係で終わらせたかったということだ。気づかなかった私が馬鹿なだけだ。自分勝手に盛り上がって、相手も自分のこと好きかもなんて思ってたのも滑稽だっただろう。

好きでもない相手に好かれるのは、ただただ気持ちが悪いことだ。自分もされたことがあるから気持ちはわかるし、相手のことを不快にもさせたくないから無理に深追いはしない。好きじゃないならしょうがないと諦めもつけられる。いや、まだついてないけど、あと1週間で絶対に諦める。ただ、私の気持ちが可哀想なのでここで供養をさせてもらった。

話は戻るが、スイカバーが好きだ。海辺で好きな人と馬鹿話しながら、スイカバーとかを食べたかった。メロンバーも買って、お互いにシェアとかしたかった。今となってはもうただの妄想話だけれど。中に入ってるチョコ(種)が美味しい。メロンバーもまた、然り。そういう夏を送りたかった。

もう無理そうだけど。

思えば、今年の私の恋愛運は最低中の最低だと思う。やっと運命の人に出会えたと思ったら、3又の中の1人だったり、結局そういう風にしか見られてなかったり、ちゃんと好きになった人はちゃんとは好きになってくれなかった。まあ今までだって恋愛に関してはカスみたいな履歴しかなかったし、これでも進歩した方かもしれないが、この男を見る目の無さは壊滅的だと思う。私はただ彼氏が欲しいだけなのに何故こんなに苦しいのだろう。これはきっと何か悪い運気が付いているに違いないと思う。もう恋愛なんてしたくないし、誰かを勝手に信じて勝手に傷つきたくもない。でも彼氏は欲しい。孤独に負けたくない。

 

よし、明日占いに行こう。それで、今後の恋愛運を占ってもらおう。レッツゴー新宿の母