日記

女子大生が暇つぶしにはじめるブログ

毎日書くって言ってたのに

毎日日記を書こうとしてはや1ヶ月。

試みは2日で終わり、わたしは毎日毎日変わらない日々を過ごしていました。

 

朝は7時に起きて、準備して、満員電車に揺られて、意味わかんないことで上司にどやされて、定時に即退勤。時間という記号でみれば、そこそこ滞りなく日々を送れている。

内容という面ではさっぱりで、やってることといえば家に帰って簡単に自炊して、上手くも不味くもない飯を食って、スマホをダラダラみて、就寝する。定年間近のジジイかというような生活ではあるがなかなか心地の良いもので、抜けられそうにない。自分は元来せかせかしているタイプの人間で、土日も予定を詰め、平日も退勤後は毎日飲みに行き、時間を削って命懸けで生きていたような人間だったのだが、ダラダラ過ごしているのも悪くないと知った。

 

全然自分磨きとかしてないじゃん。って声が聞こえましたけど、本当にそうなんですよ。カスみたいな休日を過ごしながら、夏が近づく音を聞いていただけなんですよ。(ポエム)

 

いやあ最近はどんどん熱くなりますね。暑くなりますねえ。気温はあっという間に30度を超えましたし、梅雨なんて一瞬で終わりましたからね。まあ梅雨の期間なんて、毎日毎日低気圧で頭痛いし、薬飲んで頭痛誤魔化すけど眠気に耐えられなくて仕事中トイレにこもって仮眠とったり、雨降ってるから洋服が乾かなくて浴室乾燥使って破産しかけるだけの毎日ですからね。

もうすぐ蝉が鳴き始めますよ。

 

とか言っててわたしは夏があんまり嫌いではない。元来のネガティブ気質も相まって、曇りの日は起きた瞬間から気分がすぐれない。春から夏に変わる途中なんて、毎日曇りか雨で、毎日毎日起きるたびに今日も地球滅亡してないのか残念

だなあ彼氏もいないし仕事行きたくないなあしんじゃおっかなあなんてとんでもなくペシミストみたいな思考回路をぐだぐだと繰り返しているだけですからね。

↑が春。

夏になったからってまあ何かが特段に変わるわけではないのですが、起きた瞬間カーテンを開けたら鋭い朝日が差し込んできて「うわまぶしー」って独り言を言ったりするくらい。眩しいのは眩しいのでうざったいんだけど、しばらく外見ながらぼーっとしてると何となく頭がシャッキリしてきて、よし顔を洗おうご飯を食べて会社に行こうってちょっとだけ動く気になれるんですよ。

 

昔鬱になりかけたときに、友達に「最近何もやる気できなくて掃除もなにもしたくないし人と会うのも億劫で本当にしんどくて」って、悩み相談をしたことがあったんだけど。その時に「憂鬱だねそんなときは太陽の光浴びてちょっと散歩してれば治るよ」ってすーごく簡単そうに重要なアドバイスをしてくれたことがあった。その時はこいつ!!私が死ぬほど苦しんでるっていうのにそんな小さな悩みなんてさんぽすりゃすぐなくなるよ〜^_^みたいなテンションで来るな!!そんなんで治ってりゃ世の中鬱病患者なんていないだろ!!こっちはしんどいだよ!!ふざけんな!!って馬鹿みたいにキレ散らかしたこともあったけれど、あのときのアドバイスは案外的を得ていたものだったのかもしれない。ありがとうsくん。ちなみにその時の鬱は仕事辞めたら治りました。

多少の憂鬱ならね、太陽浴びてりゃ治るんですわ。ただね、相手の苦痛を測れない以上、自分の憶測で物を話すのはとてもリスキーなんですよ。

 

何を言おうとしてたんだっけ。

もうすぐ夏が来るっていう話ね。

季節が変わるっていうのは思い出を置いていくっていうことに繋がるとも思っていて、それは同時に新しい思い出や出会いであったりそういうまだ見ていない未来を彷彿とさせる明るさがあるから、好きなんですよね。思い出ばかりを振り返って、懐古厨するのも悪くないけど、それよりも未来の明るさを感じたいですからね。朝起きてカーテン開けた時の眩しさをずっと感じていたいんですよ。

 

なんかいい感じになったので締めます。それでは。

 

 

 

 

5/25日記

何もなかったから、日記を書いていく。

 

今はもう寝る前、とにかくずっとスマホを触っていた1日だった。

恋人に振られて、自分磨きをしようと思い立って2日。まだ何もしていない。

 

朝起きたら日は高く登っていて、午前中を無駄にした罪悪感に駆られながら家の最寄り駅まで特に用事はなかったが向かってみた。チャリで行ったのだが、向かう道中前日の雨が染み込んだサドルから尻にまで水が浸水してきて、めちゃくちゃお漏らしした人みたいになってしまった。知り合いにあったら生き地獄だっただろうな。

 

何もすることがなかった。会う人がいない日曜日ってこんなに暇だったんだ。失ってから実感することって多いな。

 

献血ルームがあったので入ってみたはいいが、「あなたの血管は細すぎますねえ」と入り口で門前払いを食らった。その時の看護師の態度が「てめー血管細いくせに献血くるんじゃねーよ」という心の声が聞こえてきそうな程なんとも言えずふてぶてしかったので、なんだこのババアはと内心

毒づきながらも大人しくお手数おかけしてすみませんと謝ってすごすごと退散した。せっかくラブラッドのアプリまでダウンロードしたっていうのに。もうここの献血ルームは2度ときません。新宿の献血ルームに行きます。あそこは愛想のいいおばさんがいるので。

 

かと言ってそのまま家に帰るのは癪だったので、どこかのカフェで時間を潰すことにした。駅前によくあるドトール。いまだに喫煙ブースがあって、愛煙家からは重宝されている。

余談だが、ここのドトールは私が受験生だったときに夕方17時から閉店まで、毎日居座って勉強してたら、店員さんと顔見知りになったというエピソードがある。紅茶一杯で5時間居座り続ける高校生を黙認してくれて、さらに認知までしてくれるなんて心が広すぎるドトールなのだ。

 

隣の人との距離が異様に狭いソファ席を陣取って、ブレンドコーヒーをオーダーした。隣の男子高校生が、当時の私と同じように参考書片手に勉強しているのをみて勝手に感傷に浸っていた。

 

24歳になって、ようやくブラックコーヒーをそのまま飲めるようになった。美味しいとは思わないが、癖にはなる。美味しくないけどなんか味があるし飲みたくなる。多分たばこも似たようなものだろう。こういうのって多分美味しいって思い込んでるだけなんだろうな、実際コーヒーって苦いし。

 

コーヒーを飲みながら考えた。何故別れてしまったのか。自分のどこに原因があったのか。どのような行動を取るべきだったのか。

スマホのメモに書き起こした。次は絶対に同じ過ちを繰り返さないようにと自分自身への自戒を込めて、分析を繰り返した。側から見たらただずっとスマホをいじってるだけの若者に見えただろうけど、そんなことはない。将来のために必死なんですよ。

そしてこれからできることは何か、ということも考えなければいけなかった。

復縁を、というわけじゃない。自分自身が幸せになるためにどこを改善するべきか。外見から内面まで、ちゃんと自身を好きになるためには何をするべきか。具体的にどう動けるのか。

 

ドトールの、アフリカのサバンナみたいなBGMが流れている店内で考え続けた。

 

外見に関しては、自分の理想に近づくためにやることはなんとなく出てきた。でも内面て中々変えられるものでもないからなあ。でも人間だから悪いところは絶対あるし、そういうところ治していきたいんだよなあ。とりあえず自己中なとこやめたいな。何か不満があったときに相手を変えるんじゃなくて、まず自分が適応できないか考えられるようになりたいな。

 

とか思考し続けていたら気づいたら18時になっていたので、荷物をまとめて帰りましたとさ。

家に帰ったら鶏肉で回鍋肉作って食べたんだけど、豆板醤入れすぎてちょっと辛すぎちゃった。

 

 

彼氏に振られた

今週のお題「最近いちばん笑ったこと」

 

 

お題に対して、暗い題名になってしまって申し訳ない。誰に謝ってるのかも分からないけど最近あった出来事としてそれにまつわる笑えた話を書いてみようと思う。

 

1週間前、恋人に振られました。

半年前に合コンで出会って、彼は私に一目惚れだったみたいで、猛アタックされた末に付き合った。それからお互いに結婚前提で付き合って、そこそこ順調に交際していた。半同棲のような形で平日は一緒にいたし、休みが同じだったので休日も一緒に過ごしていた。某テーマパークに行ったり、記念日にはおしゃれなディナーに行ったり、お花見もしたし、家でのんびり過ごす日もあった。とても幸せな日々を送れていたと思う。

まあ、こんな綺麗な思い出とか順調だった期間の話は省こう。

 

原因はまず私が彼に対してしてしまったこと。モラルを欠いた行動をとってしまった。それに対して怒った彼が、私に対して取った行動が許せなかったこと。怒った彼がとった行動も中々軽蔑するべきものだった。お互い相手の行動にモヤモヤしていた期間が2週間くらいあった。そのあとお互い謝りあって、それでも一旦は許し合おうっていう結論になったんだけど、彼の中では消化できなかったようで冷めてしまったと言われて、別れた。

別れようって言われた時、本当は別れたくなかった。引き留めようか、泣いて縋ろうかとも思った。でもきっかけを作ってしまったのは私だし、彼が十分に考えて出した結論であることは分かっていたので、何も言えずに別れるしか出来なかった。私は彼のこと大好きだったし、嫌なことされたこともとっくに許してたよ。

 

↑中々きしょくわるい携帯小説のような文面になってしまったが、このような経緯でお別れをつげたのだ。何かもっとできることがあったんじゃないかとかは今でも思う。

 

 

自分のせいで大切な人と別れてしまった後悔と反省がいつまでも残って消えない。胸に刺さった楔のような後悔はいつまでも抜けず、あの時あんなことを言わなければといういくら考えてもキリのないことを延々と思ったりしている。何を今更。自分が悪いのに、都合の良い思い出だけを引っ張り出して眺めたりしているんだ。

 

彼と過ごした思い出の場所にいくと動悸が止まらなくなるので、休日は家に引きこもってベッドの上でスマホと対峙する日々。YouTubeのショート動画を見て、刹那の感情だけで生きていた。平日は仕事に行き(当たり前)、ぼーっとしては上司に大丈夫かと心配されて、失恋しましたとは言えずに体調が悪いんですと嘘をついたりした。

食事は喉を通らなくなり、1週間で5キロ痩せた。意図せずダイエットできてラッキー。

 

 

さて失恋のおかげで、こんな限界で鬱々とした日々を送っているOLですが、最近笑えたことがあった。

 

こんな私を見かねた男友達が飲みに誘ってくれた。

Fという名の友人は、前職の同期で仕事を辞めた後から何故か仲良くなり、今では半年に一回くらい遊びに行くくらいには親交を深めている。

Fが「いつまでも塞ぎ込んでいるのは良くない。飲んで発散して、早く切り替えよう。自分は朝まででも付き合うから」と言ってくれたので、渋谷で限界飲み会を行うことにした。

余談だが、わたしはこのFとの飲み会のあと禁酒を決意した。

 

仕事をいつもより早く切り上げて、ハチ公前に向かった。その日も渋谷駅前は汚かった。ナンパ師、写真を撮る中国人観光客、青春を謳歌する女子高生、飲みに繰り出す社会人。大量に溢れ出す人の波を抜けて、お互いを見つけ出すとFが行きつけの居酒屋に向かった。

平日ど真ん中の火曜日にも関わらず、仕事終わりのサラリーマンがたくさんいて、みんな仕事の鬱憤を晴らすために飲みに来てるのかなと予想した。日本の皆様お疲れ様です。斜め後ろのおじさんの声が大きすぎて、お互いの声が聞こえないほどで、顔を近づけて喋らないといけなかった。後ろのおじさん元気だね、まだ平日なのに仕事何してるんだろなんて話しながら、酒を進めた。

 

私はFに彼との馴れ初めや別れの経緯を話しながら、ちょっぴり泣いた。そんな私を見ながらFは過去の自身の失恋の話をしてくれた。

それが私が最近1番笑ったことである。

 

Fが大学2年生だった頃、当時の彼女と同棲していたらしい。付き合って一年、同棲して半年、お互いへの気遣いも少しずつ薄れていくそんな頃。Fはオンラインゲームにハマってしまった。寝ても覚めても彼女のことを放っておいて、ずっとオンラインゲームをしていたらしい。彼女も最初は注意していたらしいが、最後の方になるとどんどん冷めてしまって、最終的にはあまり会話もなくなっていたという。幸か不幸か、Fはそれに気づかずにオンラインゲームを続けていた。そんな中痺れを切らした彼女がFに別れを告げた。最後の言葉は「ゲームやりすぎててキモい」だったそうだ。その言葉を聞いてからFは遅すぎる改心をして、泣いて彼女に縋ったという。オンラインゲーム辞めるから、パソコンも捨てるから別れないでくれといって懇願したそうだ。なんと本当にパソコンを捨てたらしい。それでも残念なことに彼女の気持ちは戻ってこなかった。

 

「だから俺なんてパソコン捨ててめっちゃ惨めに縋ったけど、振られたからね?!」と元気に笑っている彼を見てたらなんか笑えてきて、皆んな失恋でしんどい思いしてるんだ。大丈夫、私だけじゃないんだって思えた。ていうか振られたくなさすぎてパソコン捨てるまでしてるのめっちゃ面白いな。当時の価格だから、今よりも高かったに違いないものを即決で捨てた彼の決断力に脱帽した。きっと皆んな痛々しい恋を通ってきたんだと思う。そう感じて、なんだか自分が1人じゃないと感じることができた。Fがあまりにも自身の昔の恋愛を自虐するものだから、私もつられて笑ってしまった。

 

 

きっと大丈夫なんだろう。こんなにしんどい恋愛も、いつかは綺麗な思い出になるんだろうということを教えてくれた。

 

 

彼への未練をマイク越しにハウリングさせながら号泣してたのを覚えている。泣きながらキモいよね?!こんなにキモくてごめんね!!と謝る私にFは失恋直後なんて皆んなそんなもんだよ、と笑いながら流してくれた。内心はドン引きしてたかもしれないが、その時はFの優しさに救われた。

その後空が白んできたので、ようやくそろそろ帰ろうかと帰 って、翌日ヘロヘロになりながら仕事に向かいましたとさ。

 

そしてそんな姿を見せてしまったことが恥ずかしくなり、禁酒を決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

久しぶりに始める

大学時代に開設したこのブログを、久々に始動させてみようと思う。

日記帳をつけたりなどもしていたが、自分だけが見るものでは張り合いがない。これは他人にも堂々と胸を張って見せれるものだ、とまではいかないものの人に見られても恥ずかしくない程度の文章で日常を綴れればいいと思う。

 

思えば、大学に入学してからこのブログを開設して6年が経った。6年、なんて長いんだろう。その間遊び、寝て、よく食べ、恋をして、恋が終わったり、友達の大切さを知ったりした。長かった。6年間の色々なことを書き留めておけばよかったなと今になって思う。

初期のブログを読み返してみた。幼稚な自分が幼稚なりに頑張って書いた文章は、今読んだら微笑ましい。泥の中を這いずり回るようなみっともなかった恋愛も、あの時はああだったなと懐かしく思い出せた。

しんどくてしんどくて死にそうだった夜も、調子に乗って酒を飲みまくっていたあの夜も全部自分を構成している一つなのだと思う。

 

今回、新たにブログを始めるにあたって目標がある。

それは自分を見つめ直すと言う作業。

つい最近大切なものを失って、自分自身を鑑みる機会があった。一つ一つ文字に起こすことで、自分と深く対話できたらと思う。更に目指す先には、自身のことを好きになれるように内面もきれいにしていきたい。

うまく表せなかった感情を言語化することで何か見えてくるものはきっとあるはずだから。

こぼれ落ちたものを拾って

今週のお題「わたしのコレクション」

 

小さな頃、宝物を入れるための箱を手に入れた。それはなんでもないようなお菓子の空き箱だったが、私にとっては宝箱だった。薄ピンクで、全体に立体的な植物があしらわれている長方形の箱で、どこのお菓子の銘柄かも分からないような。中に何が入っていたかも覚えていないが、当時のわたしにとってはかわいくて魅力的に映った。あまり大きくはないので、新しく宝物が増える度に、中にあるものを一つ一つチェックして、1番必要ないものをダンボールに移して、常に最新の宝物が中にあるようにセットしていた。

 

中に入っているのは、幼稚園卒業の時に配られた園歌が流れるオルゴールと、道端で拾ったキーホルダー、七五三の時に撮った家族写真と、どっかの家の庭から盗んだ丸い石、ラッピングに使うようなリボン、使えなかった兎のシール、親から譲ってもらった宝石の付いているブローチ。

 

そんなものだ。他にもきっとあるだろうが、思い出せない。

 

 

大切な友達に貰った手紙を入れていたかもしれない。入れていなかったかもしれない。

 

ただ、昔はそこにあったものを今よりも大切にしていた気がする。今では、成長して、道端に落ちているものなんて拾わなくなったし、卒業式で貰った時計は電池が切れたまま部屋の隅に放置している。友達から貰った第二ボタンは棚の上で埃を被って輝きを失ってしまったし、シールなんて買いもしない。プレゼントを貰っても、装飾はすてるようになった。

こんな他人から見れば、今の私から見れば、ゴミのようなものでも、昔は大切に出来ていた。

大切にしまって、こぼれないようにしていた。

 

 

 

わたしは何かを大切にしたい。記憶は、するするとこぼれ落ちるように、流れてゆく。その一瞬一瞬を確かにそこにあったものにする為には、流し見して終わりにするようじゃ足りないのだ。きちんと拾って、宝箱の中に入れておかなくてはならない。

 

 

失恋と思い出の供養

 

 

ごく稀に、自分が爆発してしまいそうな日が来る。ごく稀にどころでは無いかもしれなかった。一週間に一度くらい。それは友達と遊んだ帰り道で夕焼けを見た瞬間かもしれないし、行きたくないバイトに行くために電車に揺られている時かもしれない、はたまた夜寝る前ベッドの上で何も考えずに天井を見つめている瞬間かもしれない。なんだかよく言い表せないが一人でいて少し悲しい時に自分がわからなくなってしまう。私は誰で、今ここにいるのは誰なんだろう。自分だと信じて20年間生きてきたけど、本当に実在するのだろうかとも思う。

周りの人間は、彼が彼であることに何の疑問も抱かずに過ごしているように見える。彼女もそのように見える。自分というアイデンティティを確立して、私らしさの表現に勤しんでいる。

 

この前といっても9月の終わり、友達とドライブに行った。面子は、本当に謎で、ゼミの友達3人と、その中の1人の高校の友達2人とだった。実質初対面の人が2人いるようなドライブで、何を話そうと悩んだ結果「今日は雨が降ってますね」というコミュ障のテンプレのような言葉を発してしまった。本当に、天気が悪かった。風が強くて、待ち合わせに着くまでに傘を壊してしまったくらい。見ればわかるような当たり前のことを言う私に彼も困ったように「そうですね」と言って、会話は終了した。そして、それが彼とのファーストコンタクトだった。

 

この彼というのは何度も登場している彼を指している。彼というのももうおかしな話だから、元彼というのが相応しいのかもしれない。でも元彼とかいう陳腐な言葉を使いたい訳ではなくて、「過去好きだった人」というニュアンスを伝えたい。別れてから、今更になって、馴れ初めを思い出すなんて自傷行為のひとつでしかないと思う。幸せな日々の始まりを、終わったあとにおもい返すことほど、阿呆らしいことは無いのかもしれない。でも、ちゃんと思い返すことは気持ちの整理に繋がるだろう。ちゃんと思い出せるようになったということは、少しずつ前に向けているということの証明でもあるように思う。だから、前を向くことの過程に少しだけ、付き合ってもらいたい。

 

その旅の目的地は勝浦で、海中展望塔に行くというプランだった。海中展望塔は簡単に言えば長い階段をおりて、海の中に行ける塔のことで、その1番下のフロアには海の中を覗ける窓がついている。階段をおりていく途中、「この先海中」と書かれた表示にわくわくした。海の中にいるんだから、塔が崩れたら死んでしまうねと話した。窓からは鯛やら河豚やら様々な魚が見えるらしい。パンフレットによれば全長1.5メートル位のドチザメという魚もいるそうだったが、見つけることは出来なかった。そもそも天気が悪すぎて海が濁っていたから、いたとしても気づけなかった。結局、海中展望塔には総計15分もいなかった。直径10メートルほどの小さな筒の中で、見る魚もいない中、私たちはなにもやることが無かったのだ。話すことすらなかった。意味もなく、窓の外を眺めてみたけど、魚は全然いなかった。濁った灰色の中でゴミがぷかぷかと浮かんでいた。メンバーに写真好きな奴が1人いて、そいつだけが滅多に来れない場所の写真だから、とはしゃいでいた。海の底で、私は何を話したらいいか分からずに、立ち尽くしていた。

 

海中展望塔に行って、帰りは彼の家でお酒を飲んだ。そこもまた暗い家で、生活感がなかったことを覚えている。ベッドとサイドテーブルが置かれ、間接照明に照らされたラブホテルのような部屋で、電気を消して、皆で酔っ払った。恋愛の話をした。大学生でよくある、経験人数の多い少ないだの、今まで付き合ってきた異性の話。人より少しモテてきたであろう彼の人生を、少し誇らしげに話す彼の話を、くだらねーなと思いながら聞いていた。本当にくだらなかった。自慢したかったんだろうな。そして私も、自分のくだらない恋愛の話をしょうもないなと思いながら、どうにか面白く聞こえるように、話した。今まで付き合ってきた男性の話や、好きだけど報われなかった話。自分の不幸と過去の男性の話。たのしくなかったと言えば嘘になるけれど、別にめちゃくちゃ楽しいわけではなかった。あの時間さえ無ければ、こんな思いをすることも無かったんだろう。

度数の強いアルコールを飲むと、理性が吹っ飛ぶ。そうして、キスをして、付き合った。

本当にくだらない始まりだった。

 

端折りに端折った経緯を久しぶりに思い出した。

 

そう。それで自分が自分じゃなくなるという感覚を思い出した。付き合っていたときは、アイデンティティが確立されていたように思う。「彼の彼女」という確固としたものが自分の中にいた。自分のことも、彼のことも、間違いなく好きだった。多分、当時は。

何もしない日は、一日中彼のことを考えていた。今思うと、異常なくらいだった。ラインの返信を気にして、今度会う時のことを考えて、遊んだ時の写真を何度も何度も見返していた。何度も何度も反芻して、その度に記憶を確かなものにして、確実な現実とじぶんを安心させていた。自分というものは無くて、ただ彼の彼女というわたしがいただけだった。そのことに疑問も持たず、それなりに幸せだったので、いつまでもその生活が続いていくことを望んでいた。

 

別れたあとは、その時間が無くなった。無くなったというより、無くした。思い出して感傷に浸っても、元に戻りたいと思ってしまうだけなので意識的に振り返らないようにしていた。わざとバイトを長時間入れた。友達と会うようにした。就活の忙しさに甘えて、傷を見ないふりをした。そうして、1月を過ごすうちに、どうしてこうなってしまったのかを考え続けても答えなんて出ないことが分かった。人の気持ちなんてものは、他人にはコントロールできない。その行動が、答えの全てだって。

 

考えても状況が変わるわけでもないので意識的に考えないようにしていると、無意識でも考えることが少なくなった。思考の矯正。彼を思い出すものを見ても、ああ懐かしいなと思うだけになった。話で聞いたことのある彼の地元に向かう電車とか、よく行った安くて美味しい焼き鳥のある大衆居酒屋とか。以前のようにそれを見ては昔を思い出して、苦しくなったりどうしてこうなってしまったんだろうと悲しみに浸ったりはしなくなった。何もしていない時でも、以前は気づけば彼のことを考えていたけれど、自然と違うことを考えることができるようになった。携帯の中の彼とのデータも全て消した。写真も動画もゴミ箱からも完全に消去して、SNSはブロック削除して、トーク履歴も消した。私と彼を思い出すものはもう何も無くなった。今となってはあの時間が本当にあったのかどうかすら分からない。

そうなるとまた、自分が誰なのか分からなくなった。ここにいることすら確かなのか分からなくなって、どうしようもなく証明が欲しくなってしまう。

 

2月の初旬、下北沢で石田と会った。高校の同級生で、気の使わせない気の遣い方をしてくれる友人。下北沢らしいカレーを食べた。見た目が家では出てこないような、芸術的なアレ。カレーを食べていたら、映画の撮影をしていた千葉雄大を見かけた。有名人の実物というものを初めてみて、キャッキャしてみた。やっぱりオーラってあるんだね〜とか、でも初見だと分からなかった〜とか一般人らしい感想を述べた。その日は2月にしてはいつも以上に寒く、凍えそうになった。下北沢らしい古着屋とカフェが並ぶ街並みを見ながら、暖を取るためにあえてマクドナルドに入った。オシャレなカフェじゃないのは、あえてだ。チェコレートの懸かったワッフルコーンのソフトクリームはおしゃれなカフェと同じ味がした。多分おなじ。そして、毎度の流れで近況報告をした。石田は、最近は勉強に勤しんでいると言っていた。試験勉強なんてもう3年していなかったので、素直に尊敬の念を抱いた。最近楽しいことあった?と聞かれたので、「世界に絶望している」と、答えた。それから、1月にこっぴどく振られたことを話した。彼女は「そんな酷い人いるんだ?!」と驚きながら、笑って聞いてくれた。ありがたかった。笑ってくれたからこそ、自分がそれを笑い話に出来ていることを実感した。そしてまだ私が彼のことを忘れられていないと言うと、好きだった人を嫌いになるのは難しいことで、時間がかかることだからしょうがないよ、と言ってくれた。肯定してくれたことで安心した。早く彼れを忘れなきゃ、あんなゴミ早く捨てなきゃと焦っていたけれど、まだしばらくは嫌いになれなくても仕方がないんだと思えるようになった。

 

 

 

 

 

サイゼリヤのハヤシライス

今週のお題「復活してほしいもの」

 

 

どうやらツイッター界隈では、今サイゼリヤが燃えているらしい。なんでも「サイゼリヤデートで喜ぶ彼女」を持ち上げる男性と「デートでサイゼリヤに連れていく彼氏」を敬遠する女性のバトルらしい。が、詳しいことは知らない。私の持論としてはサイゼだろうが、高級料亭だろうが、トリキだろうが好きな人といけばそこはどこだって楽しいわけで、別に何処で何を食べようと関係ないと思っている。大切なのは誰と食べるか、だ。サイゼリヤデートもしたことあるけど、その彼氏のことを大好きだったので(過去ブログ参照)めちゃくちゃ楽しかった。間違い探しが難しすぎて結局ネットでカンニングして、相手に呆れられて。サラダを大皿で頼んで半分に分けたりして。ペーパーナプキンにお互いの似顔絵を書いて、「似てないね」って言って笑ったりした。そんな過去の話はまあ置いておいて。まあでも、毎回サイゼに連れていかれたらげんなりするだろうな。あと別に好きじゃなかったら、サイゼかよって思っちゃう。友達とかならいいのよ別に。喋るだけだしね。ただ、これからいい感じになりそうな感じで、告白はしてないけど両片思いみたいな状態で、今日が勝負!みたいなときにサイゼディナーされたら「うわ〜〜〜〜〜まじか〜〜〜〜」って思っちゃいそう。

 

 

昨日、友達とサイゼリヤに行った。四ツ谷にある縁切り神社に行った帰り、お腹が空いて、ちょうどいい所にサイゼがあって、じゃあサイゼいくかってなった。そこのサイゼはなんだか変わっていて、窓際の席がカウンター席になっていたり、壁紙がスポンジボブみたいな質感だったりした。菅首相イカルドに似てるよね、という話をしたらめちゃくちゃ共感してくれた。久しぶりのサイゼは、メニューが変わっていた。ハヤシライスが無くなっていた。ピラフも無くなっていた。海老のリゾットも無くなっていた。ハヤシライスが好きだったので、また復活して欲しい。代わりに、なんだかよく分からないサイゼにしては高級なビーフシチューや、鬼滅のパクリみたいな名前の卵が登場していた。仲の良かった友達が上京して変わってしまった、みたいな一抹の寂しさを覚えた。ただサイゼ特有の小難しい間違いさがしは相変わらず難しかったので、結局また、インターネットに頼ってしまった。

 

その友達は高校の頃、同じ部活に入っていた友達だった。卒業してからも交流のある、数少ない友人の1人で、3ヶ月に1回程度遊んでいる。彼女のフラットな考え方がとても好きで、このまま変わって欲しくないなと思う。フラットではあるけど、冷淡なわけではなくて。適度な距離を持って接してくれるのでとても楽だ。彼女といると私はわざと高校生みたいな馬鹿な行動をとってしまう。彼女もわざとかは分からないけど大袈裟に笑ってくれるから、ついつい調子に乗って変なことを言ってしまったりもする。別に普段からこんなことは言ったりしてないけれど、一緒にいる時は高校の頃に戻った時みたいに振る舞いたいのだ。帰りは四ツ谷から飯田橋まで散歩をしながら帰ったのだが、たのしかった。街灯に照らされて伸びた影が地面に映っていた。彼女と歩きながら、同じ部活だった時のはなしをした。また合宿に行きたいねなんて話した。みんなで、寒い中で星を見たい。ついでに恋の話もした。結局バレンタイン渡す相手もいなかったね。世間はチョコレート一色に染まって、カステラ屋までバレンタインフェアなんかやってたりして、世の中全体に煽られてると不満を言ったりした。恋人が欲しいなと4年前と全く変わらない話をした後、イタリアに行ってしまった同級生を思い出して、イタリア人の男性を紹介してもらおうという結論に落ち着いた。